人を好きになると楽しい

恋愛として人を好きになることはないけれど、人間として好きになることはとても多いです。

自分の「好き」という気持ちについてはよく分かっていないのですが、とにかく最近感じたり思ったことを書いていきます。あとで読んだら間違っていたりするかも。

 

 

1、人を好きになるのに理由はない

その人を好きになったきっかけはあるかもしれないけれど、好きになった理由を思い浮かべてみてもどれもある意味正解で、どれも正解ではない。理由が思い浮かばないことも多々ある。理由を無理矢理述べたとしたらそれはきっとただの後付けになってしまうだろう。好きになるつもりなんてなくても、好きになってしまったらそれは突然のことで、自分にはもうどうにもできない。

 

 

2、好意は無償である

人を好きでいることに、見返りはいらない。その人のことを思い浮かべるだけでなんだかもう幸せ。自然と何かをしてあげたい(「その人のために」だとか「してあげる」という表現は偉そうに聞こえてあまり好きではないのだけれど)と思う。そうは言っても私は未熟なので、相手からの好意を感じられるとやっぱり嬉しい。好意を返してくれなければ拗ねたりすることもあったけれど、それは「愛」ではなく「執着」なのだそうだ。自分を使って相手を幸せにすることが愛で、相手を使って自分を幸せにすることが執着。自分を嫌っている人を愛し続けられる自信は今はないけれど、もしそんなことができたらそれこそ無償の愛だろう。

 

 

3、マンガやアニメの登場人物の気持ちが理解できるようになった

登場人物たちが嬉しそうでも、それは架空の世界での出来事だと思っていたのか、以前はどこか冷めた目で見ていた。けれど今、登場人物の幸せや嬉しそうな表情に自然と共感できるようになった。それは私に、人間関係を通じて幸せや嬉しさを感じる経験値がある程度以上貯まったからだと思う。これはみんなのおかげだ。他人の幸せを自分の幸せと感じられれば最強、みたいなことが仏教で言われているけれど、本当にそうだと思う。だって自分を幸せにするのに、自力で自分に幸せを感じさせる努力をする必要がないんだから。

 

 

4、好きでいることは楽しい

この人のことをもっと知りたい、もっと話がしたいと思う。会っていないときには話したいことはたくさん思いつくのに、いざ一緒になると何も話さなくても満足してしまう自分がいる。いつも見ている景色だけれどその日は特別きれいに見えたとき、「きれいだね」と言ったら「そうだね」と返してくれる。ちょっとしたことでも、自分が今感じていることを伝えて、期待はしていないけれど(本当はしているかも)共感されると嬉しくなる。ああ、この人を好きになって本当に良かったと思う瞬間もとても幸せだ。好きな人に好きと伝えるのは恋愛をしているときだけのことだと思っていたけれど、そんなことはなかった。好きだと伝えることも楽しい。

 

 

5、好きと恋愛と恋

「好き」の最上級が恋愛としての「好き」なのであれば、その感情を持ち合わせていない自分にとっては悔しい。まるで自分が感じている「好き」が、すべてしょうもないものだと言われているようで。「その人ともっといい関係になりたいというのが恋」みたいな言葉に最近出会って、良いなと思った。恋って必ずしもいわゆる男女(同性同士でも)の恋愛、という風にとらえなくてもいいんじゃないか。恋愛の、まるで心に花が咲くようなそのウキウキした楽しい気分だけを取り出して恋と呼びたい。私はいろんな人に恋をしている。