読んだ本『認められたい』 承認欲求との付き合い方

認められたい

認められたい

 

本書では「認められたい」という気持ちを「承認欲求」と「所属欲求」の2つに分けています。

承認欲求と所属欲求を人生のプラスに役立てるため、それぞれの特徴やそのレベルアップの方法、またコミュニケーション能力の育て方の基礎などについて説明しています。

 

「承認欲求ってこういうことだったんだ! こう付き合っていけばいいんだ!」と腑に落ちました。

承認欲求に悩んでいる人にはぜひ読んでいただきたいです。特に承認欲求と所属欲求のレベルに関する説明は必読です。

 

 

マズローの欲求段階説

マズローの欲求段階説にある「生理的欲求」「安全欲求」「所属欲求」「承認欲求」「自己実現欲求*1」。

リンカーンやアインシュタインなどを除いたごく普通の人間の場合、ピラミッドの一番上にある「自己実現欲求」を省いて「所属欲求」と「承認欲求」を最上位にしたほうが事実に即している、というのは目からウロコでした。実際にマズローも「自己実現欲求に目覚める人はほんの一握り」と言っているようです。

承認欲求と所属欲求が満たされないから自己実現欲求まで辿り着けないんだ、と焦る必要も、自己実現欲求に目覚めないからといって残念がる必要もなかったのです。

 

 

「認められたい」のレベルを上げる

私のお勧めは、"適度な欲求不満"や"雨降って地固まる"が成立する関係を長く地道に積み上げていくような「認められたい」です。そうやって「認められたい」のレベルを上げ続けていける人間関係こそが、結局、身の回りにいる人達との日常をきちんと噛み締め、人生を丁寧に耕していくことにも通じているのではないでしょうか。

「認められたい」のレベルを上げましょう、というのが本書の結論です。

そして「認められたい」のレベルを上げる、つまり承認欲求と所属欲求をより人生のプラスに役立てられるような状態になるためには、「"適度な欲求不満"や"雨降って地固まる"が成立する関係」が必要ということです。

 

"適度な欲求不満"とは、「かならず褒めてくれるとは限らなくても、かならずリスペクトを引き受けてくれるとは限らなくても、おおむね承認欲求や所属欲求を充たしてくれて、関係が修復不能にならない」ようなこと。

"雨降って地固まる"とは、「他人に期待した「認められたい」が充たされなくて失望しかけても、その辛さが後で理解してもらえたり、仲直りして次の機会にはまた気持ちが通じ合えたりして成長していく」ようなことだと著者は説明しています。

 

 

「ヤマアラシのジレンマ」

ヤマアラシとヤマアラシがお互い寄り添いたいと思っても、近づき過ぎれば、お互いのトゲが刺さって傷つけ合ってしまうし、さりとて遠ざかり過ぎれば、寂しくなってしまう。人間関係とはこのようなもので、お互いに痛くない距離を見つけていかなければ、うまくいかない――というのが「ヤマアラシのジレンマ」です。

私が陥ってひどく悩んでいたものは、「ヤマアラシのジレンマ」といわれるものでした。

相手に求める承認欲求の要求水準が高すぎて(=私の「認められたい」のレベルが低い)、自分と相手との間に適正な心理的距離をとることができないのです。

 

猛スピードで親密になれるけれど、喧嘩別れやトラブルに陥るのも猛スピード、なタイプです。さしずめ「人間関係を近づけるのは得意でも、近づき過ぎていつも衝突してしまう人」といったところでしょうか。
そうした人は、いわば、ヤマアラシの針に突進しているようなものです。間合いを詰めるのを急ぎ過ぎると、"適度な欲求不満"や"雨降って地固まる"が成立するような人間関係をつくるのが、難しくなってしまいます。

新しい人間関係ができるたびに相手に急接近してしまい、しんどい「ヤマアラシのジレンマ」を繰り返してしまう失敗パターンもあります。このタイプの人は、それまでの人間関係で「ヤマアラシのジレンマ」がしんどくなると人間関係が壊れてしまい、そのたびに新しい人間関係に「認められたい」を全力で求めてしまい、何度も同じ破綻を繰り返してしまいがちです。

私はこのパターンですね。

広義で好きになった相手に急接近してしまい、しんどくなってしまいます。

要求(承認欲求)が満たされたときは気持ちよくもありますが、またすぐに飢えてしまい、要求が満たされないと相手を恨んだり嫌悪したりしてしまってとても苦しくなります。

だから物理的に遠く離れたときに、私から関係を切ってしまうのではないでしょうか。それと同時に、次の新しい人間関係でしんどい「ヤマアラシのジレンマ」を生み出し、そちらに全力で夢中になってしまう。

 

私の「連絡先を消したくなる症候群」には、「ヤマアラシのジレンマ」が関係しているように思います。もちろんそれとは全く関係なしに連絡先を消す場合も多々ありますが。

 

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「そうは言っても、どれだけ距離を詰められたらまずいのかわからない」と言う人もいるでしょう。実は、そうした人でも「これは心理的に近づき過ぎているぞ!」と気づきやすい指標があります。
それは、「相手のことを四六時中考えてしまって、心が苦しくなる/強い不満や苛立ちを感じる」です。
もちろん心理的に近いことが、必ず悪いわけではありません。たとえば「すごく好き」とはっきり自覚できる時も、自分の心は相手に近づいているはずですが、だからといって相手に近づき過ぎているかと言ったら、そうとも限りません。「すごく好き」という自覚があっても、心理的な間合いをうまくとれている人も、世の中にはたくさんいます。

「相手のことを四六時中考えてしまって、心が苦しくなる/強い不満や苛立ちを感じる」というこの気持ちを恋愛なのではないか、と勘違いしていた時期もありました。

その可能性がないとは言い切れませんが、その気持ちを同時に複数の人に向けてしまうことがあることや、それが「愛(見返りや担保を必要としない愛)」ではないと断言できることなどから、私の場合は単なる「認められたい」をこじらせているだけだと分かりました。

 

 

しんどい「ヤマアラシのジレンマ」の対応策

この問題を解決するための原則はシンプルです。それは、承認欲求や所属欲求を充たしてくれる人や「考えると心が苦しくなる」ような人との心理的距離を、これ以上近づけないこと。たとえば、相手に会う回数、喋る回数を減らしてみるのは良い方法です。(中略)


一方的に相手を好いていて、心理的にすっかり相手に依存してしまっている関係も、いずれストーカーじみた人間関係に陥ってしまうリスクが高いです。相手のすべてを独占したい気持ちになったら、人間関係全体に占める相手の割合を、減らす必要があります。
LINEなどのオンラインの繋がりを減らすだけでも、しんどい「ヤマアラシのジレンマ」は緩和できます。(中略)


念のため断っておきますが、私は「好きな人と仲良くなってはいけない」と言いたいわけではありません。そうではなく、大切な人間関係が、しんどい「ヤマアラシのジレンマ」に陥ってご破産になってしまわないよう、相手との心理的な距離を、意識して適度に保ちましょう、と勧めたいわけです。
友達や恋人といつもうまくいかない人が本当に必要としている"処方箋"は、「もっと相手を理解しましょう」「相手にもっと理解してもらいましょう」といった耳ざわりのいいものではなく、「相手と距離を取る」のほうでしょう。「頻繁に会いさえすれば、もっと仲が良くなる」という考え方ではうまくいきません。

「認められたい」を充たしてくれる相手が少ない人にとって、友達や恋人と距離を取るのは難しいことです。そのうえ自分自身の「認められたい」がまだ低レベルで、頻繁に承認欲求や所属欲求を充たしたくなる人の場合は、相手にしがみついて、あれこれ要求したい気持ちが湧いてくることでしょう。
この場合も、学校時代の友達・職場の同僚・インターネットで知り合った新しい友人……といった風に複数の人間関係を持ち、それぞれで承認欲求や所属欲求を充たせるようになれば、一人か二人の人間関係にのめり込み過ぎて、しんどい「ヤマアラシのジレンマ」に陥るリスクも、心理的な距離を離す際の不安も減らせます。人間関係が複数あれば、そのどれかがギクシャクしている時でも、「認められたい」の供給源がすべてなくなってしまう心配はありません。他の人間関係に意識を向けているうちに、頭を切り替えられるのも大きなメリットです。

まだなにも実践したわけではありませんが、対応策の存在に本当に救われた気分です。

 

新しい人間関係ができるたびに相手に急接近してしまい、しんどい「ヤマアラシのジレンマ」を繰り返してしまう失敗パターンについて。

この失敗パターンへの対応策は、「むやみに仲良くならないこと」「新しい関係をむやみに理想視しないこと」です。新しく出会った相手が、承認欲求や所属欲求を充たしてくれる最高の相手に見えたとしても、心理的な距離を近づけ過ぎず、距離を一定の状態にキープするよう努めてください。
こういった注意点を守れば、新しい人間関係で消耗したり、「ヤマアラシのジレンマ」が深刻化するリスクを減らせるでしょう。のみならず、人間関係を壊しては新しいほうに乗り換えるような、不毛な繰り返しを防ぐこともできます。

「むやみに仲良くならない」、その発想はありませんでした。

確かに一度急接近してしまうと苦しいだけでしたが、そもそも仲良くならなければよかったのですね。もちろん「むやみに」です。

私は関係を深くすることを急ぎすぎていたのかもしれません。これまでずっとそんな風にやってきたので、それを治すのは思っているより困難でしょう。

 

「新しい関係をむやみに理想視しない」。

これは私がよく感じる「好きだ!」という気持ちを冷静に見つめ、その気持ちに突き動かされないようにすることでしょうか。

 

 

しんどい「ヤマアラシのジレンマ」に直面しがちなひとは、人間関係の距離感を、少し遠ざける方向に工夫すればいいでしょうし、逆に、遠めの心理的な距離感に終始している人は、近い距離感に少しずつ馴染んでいけばいいはずです。本書で書いてきたポイントを実践して、試行錯誤することによって、今よりも心理的な距離をコントロールできるようになるでしょう。(中略)


相手との距離感が掴みづらい人は、現在の自分と相手との心理的な距離について、できるだけ意識的になってみてください。「認められたい」に飢えている時は、なるべく早く間合いを詰めたくなるかもしれませんが、急いで間合いを詰めた人間関係は、「ヤマアラシのジレンマ」をこじらせやすいものです。相手との心理的な距離感を制御しながら、少しずつ仲良くなるよう、工夫をしてみてください。

既に近づき過ぎた距離感は、少し遠ざけるようにする。

 

今考えると、距離が近づき過ぎていない人と生活を共にしているときはあまり苦しくありませんでした。

「この人が好きだ!」「この人から認められたい!」という気持ちが薄いから心理的にとても楽だったのでしょう。「好きだ!」という強い気持ちがないから私から求めすぎることはなく、おおむね承認欲求を充たしてくれる、これを"適度な欲求不満"というのでしょうか。

 

また、広義で好きになれない(まだ警戒している)相手に対しては私は距離を置きすぎてしまうことが多いです。そんな相手との距離感を少し縮めようとすることは、「複数の人間関係を持つ」ことになり、良い結果につながるのではないでしょうか。

キライな人と仲良くする必要はありませんが、「キライ」にすら達していない人に対して近づこうともしないのはもったいないですよね。

 

 

今後の「認められたい」との付き合い方

私自身、「認められたい」という気持ち、特に承認欲求に飢えているということは自覚しています。「認められたい」のレベルが低いのです。

だから広義で好きになった相手に急接近して、しんどい「ヤマアラシのジレンマ」をこじらせやすいのでしょう。

 

その対策として本書から学んだこと。

  • 同時に複数の人間関係を持つ
  • むやみに仲良くならない、新しい関係をむやみに理想視しない
  • 苦しく感じたら心理的距離を少し遠ざける
  • 上記を踏まえつつ、"適度な欲求不満"や"雨降って地固まる"が成立する関係を長く地道に積み上げ、「認められたい」のレベルを上げ続ける

 

「心理的距離の「正解」は人の数だけ存在し、しかも移ろいゆくもの」だそうです。私の場合は心理的距離が近すぎるようなので遠ざけるよう意識し、距離のコントロールの試行錯誤をしていきたいと思います。

「認められたい」とは慎重に付き合い、健全で楽しい人間関係を築きたいです。

 

 

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▲私の場合、この「楽しい」から一歩踏み込んでしまうと、しんどい「ヤマアラシのジレンマ」に突入します。この「楽しい」の状態も心理的には近づき過ぎて危険な状態で、ここから一歩引いたくらいが丁度いいのかもしれません。

私の「好き」の奥底には「認められたい」が渦巻いていたのですね。

「好き」と「認められたい」がリンクしていない感情が「愛」なのでしょうか。

 

連絡先を消したくなる症候群に長いことかかっている - 麒麟浪漫

▲今後、しんどい「ヤマアラシのジレンマ」でない人間関係を築けたとしても、「捨てたい病」なのでこれはなかなか治らないかもしれません。

*1:自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないという欲求。(Wikipediaより)