読んだ本『最小限主義。』『ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく』など

 

『最小限主義。』

最小限主義。 「大きい」から「小さい」へ モノを捨て、はじまる“ミニマリズム

最小限主義。 「大きい」から「小さい」へ モノを捨て、はじまる“ミニマリズム"の暮らし

 

ミニマリストである沼畑直樹さんのエッセイ。テーマは幸福です。

合理的な目的からというより、美しさを求めてミニマリズムを実践している印象を持ちました。

 

幸福論も、それぞれが見つけるもの。
私の場合は、ミニマル化すると「空」だった。

著者にとっての幸福は「空」。特に空からの光や、夕陽などに幸せを感じるそうです。

思い返してみると私は屋外にいるときに幸福を感じることが多いです。それも街中より、自然を感じられる場所のほうが好き。

私は幸福は自然の中にある、と思っています。そして人生の最大のコンテンツは人。人との関係性が一番面白い娯楽です。モノは最低限でいいのです。

 

(関連記事)

最近思ったこと - 麒麟浪漫

▲この記事で「物理的に明るい場所、暖かい場所は安心する」と書きました。私にとっても空からの光(自然の光)は大事です。

 

 

ミニマリストは試すようにモノを捨て続ける。

悲しい別れのようだが、捨ててみると、カタルシスが訪れる。「捨てられた」という達成感のようなもの。
今まで、こだわってきたものは何だったのか。
捨てられるじゃないか。

自分の殻をぶち破るように、モノ捨てには快感がある。
そして、「自分は何者でもなかった」と、清々しい気持ちになれるのだ。

私は既に捨てられるものはあまり持っていない状態です。ですから捨てられないと思っていたものを捨てることができたときには、強烈に快感を感じます。

その快感は「モノを捨てた」からではなく、「こだわりを捨てることができた」からだと思っています。絶対にそのモノを捨てられないと思い込んでしまっていたほどのこだわり、それを捨てるのは、自分の一部を捨てるのと同じような感じがするのです。

 

人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。ぼくは逆に、積みへらすべきだと思う。
財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、かえって人間は自在さを失ってしまう。
過去の蓄積にこだわると、いつの間にか堆積物に埋もれて身動きができなくなる。
人生に挑み、本当に生きるには、瞬間瞬間に新しく生まれかわって運命をひらくのだ。
それには心身とも無一物、無条件でなければならない。捨てれば捨てるほど、いのちは分厚く、純粋にふくらんでくる。

(『自分の中に毒を持て』岡本太郎 著より引用)

モノという形になっていないものの中にも、まだまだ手付かずのこだわりを私はたくさん持っています。こだわりを捨てるたびに自分の見えている世界が広がるような気分になります。どんどん捨てていきたいですね。

自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間

自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間"を捨てられるか (青春文庫)

 

 

 

『空想科学読本 (17)  (いちばん強いのは誰!?)編』

空想科学読本 (17) (いちばん強いのは誰!?)編

空想科学読本 (17) (いちばん強いのは誰!?)編

 

アニメや漫画、ゲーム作品などを空想科学する空想科学読本シリーズを読むのは本書が初めてです。

思わず笑ってしまうところがいくつかありました。いろいろな作品が登場するので、元ネタ(原作)を知っているほど楽しいシリーズです。

キャラクターの能力や強さを設定するときに、とにかく強さを強調しようと思うと安易に大きい数字を設定(キック力○トンとかマイナス○℃の冷凍ビームを出せるとか)してしまったり、とんでもない演出(地面に大きなクレーターができるなど)をしがちです。そうするとよく考えたときに現実ではありえない状態になってしまう場合もあるんですね。例えば○トンの力で蹴った瞬間に相手だけでなくいろいろはじけとんでしまうとか、マイナス○℃は存在しないとか。気をつけよう。

 

プリキュアのミルキィローズが最強だということが分かりました。

宇宙空間に単身とんでいって戦うプリキュアもいますからね。プリキュアは強い。

 

 

『ロングトレイルはじめました。: 山や街道を何日も歩いて旅をする』

ロングトレイルはじめました。: 山や街道を何日も歩いて旅をする

ロングトレイルはじめました。: 山や街道を何日も歩いて旅をする

 
  • ロングトレイルを、「何かのため」ではなく無目的に、それ自体が楽しいからする。
  • やってみなければわからないことは多い。そのわからなさを楽しんで、試行錯誤を繰り返して、自分なりのスタイルを確立させていく。そんな自由度や楽しみがロングトレイルにはある。
  • 道の途中で楽しそうなものを見つけたらどんどん寄り道して、そのせいで自分が決めた時間にゴールに辿り着けなかったとしても全然オッケー。
  • ゴールするのが目的じゃない。体調や気候などの条件が悪ければ途中でやめて、また今度そこから始めればいい。

 

ロングトレイルへの考え方が変わりました。

ロングトレイル以外にもこの考え方を応用できるジャンルは多そうです。私は何かと損得勘定で動いてしまったり、目的を作ろうとしてしまうので、こんな感じで散歩や観光ができたらもっと気楽に純粋に楽しめそうです。

 

 

『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』

学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで (文春e-book)

学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで (文春e-book)

 

アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(あの花)や『花咲くいろは』、アニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』(ここさけ)の脚本を書いた岡田麿里さんの自伝。

本書を読んだあとにアニメの内容を思い返すと、より深みが出たように感じました。

 

これまで著者の名前も、「あの花」「花咲くいろは」「ここさけ」を同じ脚本家が担当しているということも知りませんでした。

アニメを観るときはスタッフロールで声優さんはチェックしていましたが(気になれば音楽やCG監督、アニメ制作会社も。監督はチラ見するくらい)、脚本家も意識するともっと楽しめそうです。

岡田麿里さんが脚本を担当する作品は今後も追いかけたいです。

 

 

『ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく』

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

 

堀江貴文さんの自伝です。

 

思えば僕は、ずっと前から知っていた。
働いていれば、ひとりにならずにすむ。
働いていれば、誰かとつながり、社会とつながることができる。
そして働いていれば、自分が生きていることを実感し、人としての尊厳を取り戻すことができるのだと。
だからこそ、僕の願いは「働きたい」だったのだ。

私が知らない人と関わることに苦手意識を持ちながらも、仕事が好きなのはこういうところがあるからなんでしょうね。

たとえばパーティーなどで知らない人ばかりが集められて「はい仲良くしてねー」と言われても仲良く出来ませんが、私の場合は仕事があれば仲良くなれます。同じ目標に向かって進む仲間意識や、仕事を通じて相手にも、相手の中の自分にも信頼を積み重ねることができるおかげでしょう。

 

私は無知なので、超有名であるにも関わらず著者が何をしている人なのか、著者に何が起こったのかほとんど知りません。

本書を読むことで、著者と似ている、なんて言うのは烏滸がましいことですが、似ている点がいくつかあって親近感が湧いてしまいました。

飽きやすく惚れやすいところ、ある特定のことについて考えないために何かに夢中になろうとするところ、「ネガティブなことを考える人は、ヒマなのだ」という考えなど。

悪口ではなく、著者は天才ではありません。ただ行動してきた、つまり表題通りゼロにイチを足してきたのです。

著者のこれまでや考え方を知ると、過去について考えたり、未来の失敗を怖れたり、絶望してるヒマなんてないなーと前向きに思える本でした。