「お前の人生の全部、俺が認める」これまでの人生で言われた、記憶に残る言葉たち

生きているといろんな言葉をかけてもらえます。

それはときには生きる力になったり、ときには心に刺さってなかなか抜けない針になったりします。

 

こういうのは最下位から紹介して少しずつ盛り上げていくのが一般的なのかもしれませんが、せっかちな私はその方式がキライなのでBEST9を1位から発表していきます。

最近の言葉は照れくさいので載せませんでした。それを発した人が見ているかもしれませんしね。

 

※記事中では相手の一人称を「俺」、私が名前で呼ばれた場合を「お前」で統一しています。すでに過去のことで記憶から引っ張り出してきているので、実際に言われた言葉とは少し異なっている可能性もあります。

 

 

1位 「お前の人生の全部、俺が認める」

大学生のときに言われた、会ったこともないネット上の友人からの一言。

 

私が大学生のときに自伝的な内容を別のブログで書いていたのを全部読んだ後、こう言ってくれました。「お前すげえよ」と。

別に私がすごいことを為したわけではありません。マイノリティ的な悩みを誰にも話せずに、それでもなんとかやってきた姿に感動してくれたようです。

私のすべてを包み込んだ状態で文字通り認められたようで、嬉しかったです。これまでの人生に意味があったのだと思うことができました。

 

 

2位 「俺はお前の悪口言ったことないよ」

中学生のときに言われた、友人からの一言。

 

面と向かって言われたときは「んっ?」と思ってしまいました。この言葉、複数の意味に受け取れますよね。

「誰かがあなたの悪口を言っているのを聞いたけど」という前提があるのかもしれないし、「あなたに好意を持っている」というのを強調するために「あなたの悪口を言ったことがない」と言ったのかもしれません。

悪口を言ったことがないのはその時点までだけで、今となっては既に何度か言っている可能性もあります。

 

それでも私はそのときの友人の緊張しているような恍惚としたような好意的な表情から考えて、ポジティブに捉えました。

この言葉を言われたときもそれほど仲良くはなく、言われてからも特に仲良くなることはありませんでしたが、いまだに何度も思い出してしまう嬉しい言葉です。

 

 

3位 「(逆の性)じゃなくても」

大学生のときに言われた、友人からの一言。

 

これだけでは分かりにくいので、当時の会話を再現します。同性の友人たちと話していたときのことです。

A「お前が(逆の性)だったら付き合うのに」

その他「うんうん」「分かる」

B「別に(逆の性)じゃなくても」

会話の(逆の性)には(男)か(女)が入ります。私の生物学的性が逆の性だったら付き合う・付き合いたいって、学生の頃はよく言われました。なんだそりゃ。

そのなかでのBさんの一言に、感動してしまったと同時に信頼度がグンと上がりました。Bさんはいつも気だるげで、常識にとらわれないかっこいい人でした。

 

 

4位 「お前いたの?」

中学校の卒業式のときに言われた、友人からの一言。

 

これはヤバイ。トラウマになってもおかしくない。アニメや漫画だったらここにスポットを当ててかなり悲劇的に演出できそうです。気を抜くと私の中学時代の記憶が悪いように捏造されてしまいそうな力があります。

言われた言葉も、それを言われたときの状況もいじめ現場によくありそうなヤバめな雰囲気でしたが、なぜか心に刺さってもあまり痛くはありませんでした。ただの想像ですが、すごい勢いで突き刺さったので逆側から抜けてしまったのでしょうか。

 

中学卒業後もこの友人とは親友のような関係でした。あの言葉に悪意はなかったのでしょう。本人も覚えていないと思います。

他愛のないたった一言が、相手の記憶にネガティブなものとして強く残ってしまうこともあるのです。気をつけよう。

 

 

5位 「お前と遊んでるほうが楽しいから」

小学生のときに言われた、友人からの一言。

 

朝の教室で友人と遊んでいると、友人と親しい人が教室に入ってきたので、私が「あっちに行かなくていいの?」と聞いたときに言われました。

相手は小学生ということで、狡猾さはなく、駆け引きをしたり高度な嘘はついたりはしないはずだと思っています。本当に純粋にそう言ってくれたんだろうなーと信じられるので、当時も嬉しかったのですがいま思い返しても嬉しくなります。

 

飼い主がペットを愛せるのはペットからの愛情表現に嘘がないからといいますが、そんな感じです。

これを応用すれば、普段から裏表なく素直に接していれば信頼されやすく、好意も相手に伝わりやすくなるということですね。

 

 

6位 「博識だね」

数年前に言われた、父からの一言。

 

「かわいいね」「優しいね」と褒めると相手はそうなろうとする、という心理学があります。

「博識だね」と言われた私は、父の前では「博識でありたい」と思うようになりました。もともと私は見栄っ張りなので、父の言葉がきっかけではないかもしれません。

父から褒められることはめったになく、あれ以降、父から博識だと言われたことはありません。

 

ある人は「どんどん褒めるべし!」と言い、ある人は、たとえばアドラー心理学では「褒めてはいけない」と言います。褒めるという行為は賛否両論あるようなので、褒めようとしなかった父を悪く言う気にはなれません。

 

 

7位 「トガっているところが好きですよ」

大学生のときに言われた、ネット上の友人からの一言。

 

過去に別のTwitterアカウントで社会に対して文句をいろいろつぶやいていたら、それがいい感じにトガっていたらしく、面白がってくれました。

そのとき「トガっていてもいいんだ」「トガっていることって魅力でもあるんだ」と知り、パラダイムシフトが起こりました。

 

 

8位 「かわいそうなやつだな」

高校生のときに言われた、とある大人からの一言。

 

「人を信じることができない」と相談したらそう言われました。

その数日後、「自分が嘘をつくから人を信じられなくなっているんだ」「信じられないのは自分自身じゃないのか」ということまで見透かされ、指摘されました。

当時の私は息をするように嘘をつく嘘まみれの人間でした。私がついた大小さまざまな嘘は、目に見える証拠があるもの以外はほぼ全てといっていいほど、バレることはなかったと思っています。

 

こんなことを言ってくれる友人や大人は周りに一人もいなかったので、言われたことがとてもショックでしたし、その人を悪い人間だとも思ってしまいました。思い返すと私のことをちゃんと考えてくれていた人だったと思います。

 

西尾維新さんの小説『物語シリーズ』では、登場人物が内面を見透かされ、抉られるように痛いほど図星をつかれるシーンがよくありますが、私はそれを羨ましいと思ってしまいます。向き合って傷つくことから逃げないで、こういう人とちゃんと付き合うべきだったのでしょう。

化物語(上) <物語> (講談社BOX)

化物語(上) <物語> (講談社BOX)

 

 

 

9位 「お前はシャイだもんな」

中学生のときに言われた、友人からの一言。

 

中学生時代は自分を出せませんでした。それでも自分を少し見せられる友人は数人いて、この言葉を言った友人もその一人です。

なんてことはない言葉ですが、私を分かってくれている、ということにとても嬉しくなりました。

この友人とは学校を卒業して離れ離れになるまで、一緒にいて安心できる良好な関係を続けることができました。

 

 

終わりに

記憶に残っているのはポジティブな言葉が多かったです。

私にはイヤな過去の記憶が多いのですが、そのほとんどが誰かから何かを言われたのが原因ではないので、いかに自分の内面で作り出していたかということが分かりますね。

書籍『7つの習慣』でいう1つめの習慣、「主体性」の問題でしょう。なんという初歩的な。

 

特にお金の貸し借りなどで「人にされたことは忘れるけど、自分がしたことは忘れない」と言いますが、言葉はその逆のような気がします。

自分が言ったことは忘れてしまうけれど、人に言われたことは忘れない。

10年以上経っても記憶に残り続けて何度も思い返される嬉しい言葉があり、また悲しい言葉もあります。安易に発した一言が、知らぬ間に人を傷つけていることがあります。きっと私も誰かを傷つけているのでしょう。しかし言葉は人を癒やすこともできます。

 

言葉は大きな力を持ちます。どうせ使うのなら相手にとって生きる力となるような言葉を使っていきたいですね。

 

 

 

完訳 7つの習慣 人格主義の回復

完訳 7つの習慣 人格主義の回復

  • 作者: スティーブン・R・コヴィー,フランクリン・コヴィー・ジャパン
  • 出版社/メーカー: キングベアー出版
  • 発売日: 2013/08/30
  • メディア: ハードカバー
  • この商品を含むブログ (9件) を見る