他人の好きなものを否定しない/話が面白い人

 

他人の好きなものを否定しない

私は自分の好きなものを面と向かって否定されるのがイヤです。だから他人の好きなものを否定しないように気を付けています。単純な話ですね。

否定したくなるのは、相手の好きなものを見下し、自分の好きなもののほうが上だと思っている気持ちから来ているのかもしれません。自分が優位に立ちたい気持ちです。

 

ときに自分の嫌いなものについて発信してしまうことがありますが、ネットでは誰が読んでいるか分かりません。私の嫌いなものを好きな誰かと「つながる」ことはないと思い込んで、発信してしまっているのです。

 

嫌いなものを嫌いと言うな、ということではなく、それを好きな人がいることを知った上で何度も繰り返し言うのはやめたいのです。

嫌いなものを嫌いというのはまだいいとして、嫌いなものの悪口を発信するのは、自分がスッキリするというメリットしかないと思うのでしないようにしたいですね。

そのものを知らないのに偏見で嫌ったり悪口を言ったりするのは論外です。 

 

「自分に興味がないものはどうでもいいし、むしろなくなれ」みたいな。それを認めちゃったら、自分が興味を持っていてなくなってほしくないものについて、興味のない人から同じように思われ、同じように言われるってことだぞ、と。

自分の好きを守るためには、他人の好きを否定しないことが大事。 - Togetterまとめ

 

 

話がつまらない人が見た、話が面白い人がしていること

私は面白い話ができません。よく考えてしゃべらければ、話のオチは一番始めに言ってしまいます。

私は基本的に結論を早く知りたいと思ってしまうタイプなのか、自分の話を面白おかしくしようという気持ちにならないからかもしれません。

といいつつも、私も意味のない話をして笑ったり、ボケて笑わせようとしたりもするのですが。

 

話が面白いとある友人は、その日見つけた面白い話をいろんな人に話します。既に話をした人が近くにいる状態でも、まだ話していない人を見つけたら飛びついて話し出します。

その人と行動を共にしていると何度もその話を聞くことになるので、一度聞いている身としては飽き飽きしてしまいますが、その人は自分が持っている面白い話に自信があるので、いろんな人に話して聞いてもらいたいのでしょう。

 

話の面白い人は何度も同じ話をしているうちに、その話を面白くする方法をどんどん発見して実践し、話自体を磨いていっているのではないか、とその過程を見ていて思いました。

私は話は下手ですが、何度も話しているとそのフィードバックを受けて話の順序をいじってみたりなど、同じ話をほんの少しですがより面白くできることがあります。

話の面白い人は何度も話をすることで、どうやったら面白くできるかを自然と学んでいるのではないでしょうか。それを日常的に繰り返しているので、経験値がかなり貯まっていて、新たなネタを見つけても最初からある程度面白く話すことができるのです。

私が聞いた時点までにその面白い話が何度されてきたのかは分かりませんが、既に何度か話されていたのでしょう。だから面白いのです。

 

つまり話力の高さが先天的なものでないとすれば、「面白い話があったからぜひ伝えたい」という気持ちで「いろんな人に何度も話し」、「フィードバックを得て話し方を変化させ続ける」ことで話が面白い人に成長したのです。

話が上手い人は羨ましいなーなんて思っている暇があれば、とにかく数を打つか、本などでノウハウを学んで実践したほうが良さそうです。羨ましいと思っている時点で先天的な話力は持っていないわけですし、話が面白い人も努力*1をしてここまできたわけですからね。

*1:話が好きな人は努力を努力と思っていないかもしれません。