思考を言語化するスキルが低いと、自分について書いたときに似て非なるものが出来上がる

私自身に限る話ですが、自分を分析して言語化した途端に、それが自分ではなくなることを不思議に思っていました。言語化された自分のほとんどが、自分と似て非なるものだったのです。

 

 

思考を言語化するスキルが低い

頭の中にある間はどんな自分も自分であると思えるのに、「これが自分だ!」と強く思える自分以外は、言語化した途端に私の知らない他人のことになってしまう。頭の中から取り出して言語化するとウソになってしまうのです。

 

これは思考を言語化するスキルが低いのが問題でしょう。

言語化するときにピタリと当てはまる言葉が見つからず、似たような言葉を貧しいボキャブラリーのなかから探し出します。そうやって集められた似たようなものを組み立てていくうちに、気付けば自分とは別の物に仕上がってしまっているのです。

 

「これが自分だ!」と強く思える自分は、頭の中でこれまでに何度も反芻してよく理解していて、頭の中でたとえふわふわしたものだとしても何度も言語化されているからこそ、いざ書いたときにあまり違和感がないのでしょう。

 

 

事実以外を書くのが苦手

だから事実以外を書くのが苦手なのかもしれません。書けないのではなくて、書いたあとの違和感が大きいから書きたくない。

一生懸命自分について書いていたはずなのに、出来上がったものを見ると他人だったときには虚しくなります。

 

言語化スキルが低いままである限り、文章になった自分の分析は信用できません。

言語化する過程で気付きがあったりスッキリしたりするので言語化すること自体はやめませんが、文章として出来上がったものは、自分のことながら鵜呑みにしないようにしています。

 

 

言語化スキルを向上させるには

言語化スキルを上げるためには言語化し続けることが特効薬だと思っているので、これからも書き続けます。頭の中を言語化したい、書きたいという意欲もありますしね。