小学生の頃から精神的に成長していない気がする

中学生の頃の先輩二人と、同級生一人が出てくる夢を見ました。

覚えているうちにメモをしておけばよかったと後悔しています。半日くらい経った現在、夢の内容をほとんど忘れてしまいました。

 

先輩二人には当時 強い好意を持っていたので、夢に出てきてくれたことが単純に嬉しかったです。ここ数年この先輩たちの夢を見ることは減りましたが、これまで何度も夢に出てきています。

 

同級生は大人になっていました。いまの私と同じくらいの歳でしょうか。

その人とは特に仲が良かったわけではないので、なぜ夢に出てきたのか不思議でした。

考えてみると4年前くらいにfacebookで「結婚しました」というのを見かけたのがずっと心のどこかに残っていたのかもしれません。

 

その同級生を夢の中で見てふと思ったのが、私は全然成長していないな、ということです。

いまだに精神年齢が小学生レベルです。

知人からはそこを褒められることもあるのですが、このままで良いのだろうか、なんて考えてしまいました。

 

私は幼い頃から「よく考えている」「大人びている」と言われましたが、そこから成長せずにここまで来た感じです。

幼いなりに大人びていた自分も、実際に大人になったら子供っぽいなんて面白いですね。

今でも「落ち着いている」とは言われますが、自分自身、考えが幼稚だなあとよく思います。

 

小学生の頃から成長した、または大きく変化した部分を考えてみました。

  • 1. 経験に裏付けされた知識が増えた
  • 2. 鍛えられた体
  • 3. 自分への期待がなくなった

 

1の「経験に裏付けされた知識」は誰しも生きていれば確実に得られるものだと思います。

必要な知識を得て、それを実践して成功したり失敗したりして経験の裏付けをする。

私の場合は例えばあんまりお金をかけずに生きる方法だとか、体を鍛える方法だとかでしょうか。

ググったり人から聞いたりしても自分で実践してみなければ経験にはならず、説得力がありません。

 

2の「鍛えられた体」については、一時期 一生懸命トレーニングしていましたがいまは必要最低限です。

肉体労働をしていたら必要なだけの筋肉は付くのであんまりトレーニングをしなくなりました。

それでもそこそこ立派な体に育っているのは遺伝の影響も大きいと思います。

 

3の「自分への期待がなくなった」ですが、こうなってから生きるのは少し楽になりましたが老け込んだような気がします。

無駄な努力をしなくなったと同時に、未来への甘い期待もなくなってやる気というか覇気がなくなったというか。そもそも覇気なんてあんまり持っていなかったのですが。自分への期待は無駄に持っていました。

 

 

こう考えると精神面では成長していませんね。どちらかというと、精神年齢の加齢はないままこじらせてしまった気がします。

やはり自分の精神年齢は小中学生の時点で止まってしまっているのではないでしょうか。

 

と、今日半袖半ズボンで街を歩いていて思ったのでした。

少し肌寒いけれど那覇だと半袖半ズボンでも平気です。陽が差せば暑いくらいです。

子どもは風の子と言いますが、通行人を見ていると この時期でも半袖半ズボンなのは子どもばかりですね。

コートを着ている大人たちと、年齢的には大人であるはずなのに半袖半ズボンの自分が同じ街を歩いているのがなんだかおかしく思えました。

 

 


輝き

『サクラ大戦』の楽曲に「輝き」という曲があります。サクラ大戦のなかでは私の好きな曲の上位に入ります。

子どもの頃の輝きを大人になっても忘れないでいよう、という内容の歌詞です。

子どもっぽい私は果たしてただ幼稚なだけでなく、輝きを忘れないでいられているのでしょうか。