麒麟浪漫

ゲームとインターネットが大好き。

麒麟浪漫

読んだ本『ゼロ』『勝ち続ける意志力』など6冊

 

『ロングトレイルはじめました。: 山や街道を何日も歩いて旅をする』

  • ロングトレイルを、「何かのため」ではなく無目的に、それ自体が楽しいからする。
  • やってみなければわからないことは多い。そのわからなさを楽しんで、試行錯誤を繰り返して、自分なりのスタイルを確立させていく。そんな自由度や楽しみがロングトレイルにはある。
  • 道の途中で楽しそうなものを見つけたらどんどん寄り道して、そのせいで自分が決めた時間にゴールに辿り着けなかったとしても全然オッケー。
  • ゴールするのが目的じゃない。体調や気候などの条件が悪ければ途中でやめて、また今度そこから始めればいい。

 

ロングトレイルへの考え方が変わりました。

ロングトレイル以外にもこの考え方を応用できるジャンルは多そうです。私は何かと損得勘定で動いてしまったり、目的を作ろうとしてしまうので、こんな感じで散歩や観光ができたらもっと気楽に純粋に楽しめそうです。

 

 

『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』

アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(あの花)や『花咲くいろは』、アニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』(ここさけ)の脚本を書いた岡田麿里さんの自伝。

本書を読んだあとにアニメの内容を思い返すと、より深みが出たように感じました。

 

これまで著者の名前も、「あの花」「花咲くいろは」「ここさけ」を同じ脚本家が担当しているということも知りませんでした。

アニメを観るときはスタッフロールで声優さんはチェックしていましたが(気になれば音楽やCG監督、アニメ制作会社も。監督はチラ見するくらい)、脚本家も意識するともっと楽しめそうです。

岡田麿里さんが脚本を担当する作品は今後も追いかけたいです。

 

 

『ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく』

堀江貴文さんの自伝です。

 

思えば僕は、ずっと前から知っていた。
働いていれば、ひとりにならずにすむ。
働いていれば、誰かとつながり、社会とつながることができる。
そして働いていれば、自分が生きていることを実感し、人としての尊厳を取り戻すことができるのだと。
だからこそ、僕の願いは「働きたい」だったのだ。

私が知らない人と関わることに苦手意識を持ちながらも、仕事が好きなのはこういうところがあるからなんでしょうね。

たとえばパーティーなどで知らない人ばかりが集められて「はい仲良くしてねー」と言われても仲良く出来ませんが、私の場合は仕事があれば仲良くなれます。同じ目標に向かって進む仲間意識や、仕事を通じて相手にも、相手の中の自分にも信頼を積み重ねることができるおかげでしょう。

 

私は無知なので、超有名であるにも関わらず著者が何をしている人なのか、著者に何が起こったのかほとんど知りません。

本書を読むことで、著者と似ている、なんて言うのは烏滸がましいことですが、似ている点がいくつかあって親近感が湧いてしまいました。

飽きやすく惚れやすいところ、ある特定のことについて考えないために何かに夢中になろうとするところ、「ネガティブなことを考える人は、ヒマなのだ」という考えなど。

悪口ではなく、著者は天才ではありません。ただ行動してきた、つまり表題通りゼロにイチを足してきたのです。

著者のこれまでや考え方を知ると、過去について考えたり、未来の失敗を怖れたり、絶望してるヒマなんてないなーと前向きに思える本でした。

 

 

『特殊清掃 死体と向き合った男の20年の記録』

特殊清掃や遺品整理を生業とする著者の仕事の記録です。

特殊清掃業(とくしゅせいそうぎょう)とは、清掃業の一形態である。一般には、Crime Scene Cleaners(事件現場清掃業)等とも呼ばれる清掃を指すことが多く、事件、事故、自殺等の変死現場や独居死、孤立死、孤独死により遺体の発見が遅れ、遺体の腐敗や腐乱によりダメージを受けた室内の原状回復や原状復旧業務を指す。

特殊清掃 - Wikipedia

 

安易に家の中で死ねないな―と思いました。一人暮らしなどで死後の発見が遅れる可能性がある場合は特にです。

死後の発見が遅れると、自分の身体(既に自分のものではないか)が溶け出したり、アンパンマンの顔のようにパンパンに膨張したりします。部屋は汚れ、死臭が部屋の外に漏れ出て、もし借家であった場合は家主がその後の入居者に事故物件であることを伝えなければならない義務ができたりと、家主や近所の人々に大迷惑をかけます。

自殺するなら外でやろう。

 

関連する本では『遺品整理屋は見た!!』を読みました。こちらには死体は出てこなかったと思います。

その前作の『遺品整理屋は見た!』を読むつもりだったのですが、間違えてしまいました。完全な続編というわけではなく、テーマがちょっと異なると思います。「!」の数に要注意です。

 

 

『勝ち続ける意志力』

プロゲーマーである梅原大吾さんの生い立ちと、勝負における考え方について書かれた本です。

勝つことと勝ち続けることの違いがテーマです。内容を雑に要約すると「変化し続けることこそが正しい努力」「目的は自身の成長」ということでした。

世界一のプロゲーマーの頭の中を覗き、その膨大な努力と絶え間ない変化を追えるいうのは刺激的で、気持ちが奮い立たされました。

 

「背水の逆転劇」

著者が戦った、とある格闘ゲーム大会での一戦は後に「背水の逆転劇」と呼ばれ、その動画は全世界でたくさん再生されました。

私はその事実を知ってからすぐに本を読む手を止め、動画を検索しました。

 


Street Fighter - Justin vs Daigo

ゲーム開始時に画面左にいるキャラクター、ケンを操っているのが著者です。

問題のシーンは2:38あたりから。ケンは相手の攻撃を受け、体力ゲージはすでに残り1ドットしかありません。攻撃をあと一発受けるか、下手にガードしてしまえば1ドットが消えて試合が終わってしまいます。

もう後がないというところで、追い打ちをかけるように相手が連続攻撃の必殺技を繰り出してきます。ケンはそのすべての攻撃を絶妙なテクニックで完璧にガードし、相手の必殺技終了後の一瞬のスキをついて逆転KO。

涙が出ました。悲しさや喜びじゃなくて、感動で涙が出ることもあるんだと初めて知りました。

 

著者のゲームへの取り組み方

第二章での著者のゲームへの取り組み方を読んで、著者は私とは全く違う頭をしている人間だ、と思いました。読めば読むほど私の自信がなくなっていってしまうほどにストイックなのです。

 

10の強さを手にできる、明るくて平坦な道か。
11、12、13の強さを手にできるかもしれない、暗くて険しい道か。
人によって考えは違うと思うが、僕は迷わず後者を選択する。

(中略)

僕だって、どうでもいいと思うことなら、安易に10の強さを手にできる方法を選ぶと思う。「こんなに楽に勝てるんだら、それがいいや」と喜ぶはずだ。誰だって、伊達や酔狂で遠回りなんかしない。近くて安全な道の方が快適だし効率的なのだから。
しかし、僕にとって格闘ゲームは特別なのである。

第二章後半のこの文章でやっと救いがありました。

著者はなんでもかんでもストイックに向き合っているわけではありません。著者にとってはゲームが特別で、だからこそ他人には真似できないと思えるほど真剣に取り組んでいるのです。

 

余談ですが、より高みを目指すだけでなく、より楽しむために「暗くて険しい道」を選ぶ人もいます。ゲームの縛りプレイだとか、セオリーを無視して自分なりの楽しみ方をするとか、私はそういうことができる人達たちを羨ましいと思っていました。

私はなんでも、例えばゲームでは強いと分かっているセオリーや装備に固執することが多く、趣味でも楽に「10の強さ」を手に入れられるマニュアルを探し、実践してきました。そして効率的に8~10くらいの結果を出してきました。

しかしそれはただの作業で、具体的なスキルやちょっとした成功体験は身についたかもしれませんが、自分の頭で考える能力や対応力は何も成長していません。他人が見つけ出したセオリーをなぞって作業のようにしかゲームをプレイすることができない自分にうんざりするようになりました。

 

「10の強さを手にできる、明るくて平坦な道」は効率的に、時にはラクに成果をあげることができますが、自分自身の成長には繋がりにくいと思います。たとえ勝つことはできたとしても、勝ち続けることはできません。

すべてのジャンルで「明るくて平坦な道」を歩く人生もいいかもしれませんが、11以上の強さを目指すような道を一つくらいは進んだほうが、ラクではありませんが楽しそうです。

 

練習と大会の関係

絶対に負けられないと思っているプレイヤーは、だいたい土壇場で萎縮してしまう。

(中略)

いまの僕は大会に重きを置いていない。あの大会で勝ちたいと思うこともほとんどない。大会を重視する行為は、自分の成長のリズムを崩すと知っているからだ。目標に過ぎない大会に固執せず、目的である自身の成長に目を向けている。それが「勝ち続ける」ことにつながってくる。

これって学生の部活動にも当てはまると思います。

私が入っていた部活動のチームの目標は「○○大会出場」で、私は練習は大会でいい結果を出すためだけのものだと考えていました。一見、特に問題はなさそうです。

 

しかし著者の考えを部活動に適用すると、大会の勝敗や出場は目標に過ぎず、日々の練習での自身の成長こそが目的で大事だということになります。大会はただ普段の実力を発揮する場であり、大会のためだけに部活動をしているわけではありません。

私は部活動が楽しくなかったので、やる気がありませんでした。チーム全体や他のメンバーの方針や目標がどうだったにせよ、時間になるまでとりあえず練習をこなして、試合では勝つことばかりを気にしていた私は、やはり意識が低かったのだと改めて実感しました。そこに「日々の自身の成長」なんて考えは全くありませんでした。

それで私が補欠だったらまだ良かったのですが、トレーニングオタクだったもので身体能力の高さを買われてスタメン*1だったんです。私の影響力なんて微々たるものだったとは思いますが、やる気のないメンバーが足を引っ張っていたことでチームには申し訳ないことをしたと思います。誰にやれと言われたわけでもないのに楽しくないことをやり続けるのは誰の得にもならない、ということに気付いていませんでした。

 

 

『思春期サバイバル―10代の時って考えることが多くなる気がするわけ。』

全体的にくだけた文体にはふざけている感じもありますが、本当に思春期の子どもたちがこの場でしゃべっているようなリアルさがあります。

続編の『思春期サバイバル2』を読んだときに「この本を思春期に読みたかった」と思いましたが、本書も同様でした。ちょっとおかしなことで悩んでいるのは自分だけじゃないんだ、と気付けるだけで、たとえ悩みが解決しなくても気分は少しラクになるのではないかと思います。

 

セクシュアルマイノリティが直面する問題について考えることは誰もが生きやすい世の中について考えていくことだということ、さらに、セクシュアルマイノリティであるかないかに限らず、誰もがみんな「多様性」のなかで生きているんだということを描きたいという強い思いが湧いてきました。

そこで、セクシュアリティの多様性ということをこの本の柱の一つにしつつも、思春期の若者が抱えるさまざまな思いや疑問などに広がりをもたせた、これまでにない新しい本を作ろうということになりました。

この考えは続編にも受け継がれています。

 

本書はトイレ問題についても触れており、「トイレ比較分析」なんて表も載っています。その話題に付けられたタイトルは「トイレでバトル!」です。悩んでいるはずなのに、楽しくなっちゃいませんか。

 

美容院で美容師さんが自分のところにどんな雑誌を持ってくるか、という雑誌問題もあります。

性別不詳のみんなに、美容室で置かれる雑誌事情について突撃インタビューしてみた!(中略)

「しばらく迷ったあげく、『ドラえもん』を出された」――それはテキトーすぎるだろ。

『ドラえもん』というチョイスは無難ですが笑えます。

初めて行く美容院では、1回目は初対面なので好みじゃない雑誌を置かれたとしても、次行くときは分かってくれている…行きつけの美容院だと私の興味がありそうな雑誌を置いてくれるから嬉しいです。

髪型に関しても初めて行く美容院だと、横着してなりたい髪型をちゃんと伝えなかった場合に生物学的性に沿った雰囲気の髪型にされることがあるので、ぼーっとしているとキケンです。

 

*1:スターティングメンバー。試合開始時の出場選手。